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静岡家庭裁判所沼津支部 昭和40年(家)687号 審判 1965年10月07日

申立人 木戸三郎(仮名)

相手方 池田富子(仮名)

事件本人 木戸美子(仮名)

主文

相手方を事件本人の親権者と定める。

理由

申立人は、当庁昭和四〇年(家イ)第六五号離婚等調停事件について昭和四〇年七月一七日成立した「(一)申立人と相手方とは、本日調停離婚する。(二)当事者は、雙方間の長女美子の親権者については静岡家庭裁判所沼津支部の親権者指定に関する審判手続により定める。(その他の条項は省略)」との調停に基づき、「申立人を事件本人の親権者と定める。」との審判を求め、申立代理人はその事情として、次のとおり述べた。

「第一に申立人と相手方との婚姻継続中における相手方の日常の挙措を見るのに、相手方は、元来経済的観念に乏しく、また、主婦として当然なすべき炊事、裁縫、洗濯等の家事を極度に厭い、例えば、針仕事、洗濯等をほとんどなさず、汚れ物はそのまま積んで置き、新品を買つてこれに代え、炊事を嫌い、店屋物で食事を済ませ、また、事件本人をいわゆる猫可愛がりすることはあつても風呂に一度も入れたこともない。要するに、相手方は、育児の知識、能力に欠け、事件本人に対する愛情は、盲目的であつて、実母として真に愛情のある世話や面倒を見るということは少しもなかつた。

第二に、申立人と相手方の各家庭環境等を見るのに、まず、相手方の家庭は、経済的に余裕のある生活をしているとはいい難く相手方の祖母、末の妹を除き家族全員が働いており、最近は相手方自身も働いている。従つて、今後事件本人の監護養育上多大の危惧が感じられるばかりでなく、相手方が働きに出れば結局、事件本人は相手方の母親の手に委ねられ、相手方自身が事件本人に対して真に愛情を注ぐことは期待できないであろう。しかも、相手方は、その家族構成、経済事情等から長く生活力を維持することは困難であり、やがては再婚するに至るべく、その際は事件本人を連れ子とするか、他家の養子とするかのほかはなく、いずれにしても事件本人の将来の幸福は望み得ないと考えられる。これに反して、申立人の家庭は、申立人、その両親の三人暮しであり申立人自身の生活力は十分であり、両親は健全で、現に父親は工員十数人を使用して観光物産こけし製造の木工所を経営し、業績も振い、相当の収入がある。かりに事件本人の監護養育上、申立人自身男性のゆえに多少欠けるところがあつても、両親は申立人と協力して養育に遺憾のないように十分な配慮をする気持であり現にこれまで事件本人が申立人の家庭にいた間はそのように配慮して来たものである。そして、事件本人自身も、相手方やその両親以上に、申立人やその両親になつき慕つている。」と述べた。

相手方は、主文同旨の審判を求めた。

そこで判断するのに、まず、一般的に考えて、子が幼児であつて父母が離婚後自己が親権者になることを望んで譲らない場合、母が監護養育するのを不適当とする特段の事情のないかぎり、母を親権者と定め、監護養育させることが子の福祉に適合するものと考えられる。なぜならば、子の幼児期における生育には、母の愛情と監護が、父のそれにもまして不可欠であるからである。

この見地から本件を考察するのに、当庁家庭裁判所調査官山田孝一の調査報告書、参考人木戸一男、同木戸則子、申立人木戸三郎、参考人池田敏男、同池田いく子および相手方池田富子に対する各審問の結果を総合すれば、次のとおり認められる。

第一に、相手方の人格を見るのに、相手方は健康であり、勤労の意欲と能力はあり、事件本人に対する愛情も十分に持つている。また、相手方は、離婚および本件係争による心労からやや感情的になつているようであるが、特に性格的偏倚なく、その年齢、教育程度等に相応した知識教養はあり、意志もしつかりしている。要するに、相手方には人格的に見て、事件本人の監護養育に不適当な点は存しない。

この点について、申立人は婚姻中の相手方の日常の挙措から見て、相手方は経済観念に乏しく、炊事、洗濯、裁縫を嫌い、また、事件本人に対する愛情は盲目的で、要するに育児の能力がないと主張する。なるほど、婚姻中における相手方の挙措には、あるいは申立人主張のようなことの一端はあつたかも知れないけれども、これとても相手方が申立人と感情の違和を来たし、あるいは相手方が一人で家業の飲食店業に専念しなければならなかつた事情によるものと認められるのであつて、それ以上に、前記認定に反して、申立人主張のような事情、ひいて事件本人の監護養育についての相手方の不適格性を認めることはできない。

第二に、相手方の家庭の状況および相手方の経済的生活能力を見るのに、相手方が現在起居している実家は、祖母いと(無職)、父敏男(当五七歳。箒行商兼機械修理の手間仕事。月収三万円弱)、母いく子(当四九歳。これまでは近くの工場で日給仕事をしていたが、相手方が働くようになつてからはこれを休み、事件本人の世話をしている。)、弟司郎(当二三歳。会社員。月収二万七、八千円)、司郎の妻昌子(工員。月収約一万三千円)、弟次郎(当二〇歳。会社員。月収約二万円)、妹しま子(当一七歳。工員、月収約一万五千円)、妹道子(当一四歳。中学生)が同居している。相手方は、父母弟妹、弟の妻が働いており、自分だけがそれ等の者に頼るわけには行かず、また、自身および事件本人の生活費を少しでも得たいとの気持から、本年八月一日から昼間、午前九時頃から午後四時頃まで、事件本人を母に預け、父の兄が近くで経営する食料品および雑貨商店の手伝いをし、八月には月収約一万二、三千円を得、さらに最近では、晩には近くの喫茶店兼バーでウエイトレスのアルバイト(日給四百円)を始めている。そして家計は、父の収入のほか、弟司郎が収入の全部を、弟次郎、妹しま子および相手方が各収入の一部を提供し、母が炊事等の家事の中心となつている。父母はじめ家族は、一同、相手方が事件本人の親権者と定められることを希望している。相手方は、喫茶店兼バーで働くことについては、事件本人に要する費用を思えば一銭でも多くの収入を得たいが、といつて申立人が養育費を分担すると申し出ることもなく、また現在収入のよい働き口がないためやむを得ずアルバイトをしているのであると述べ、将来の方針については、もし審判の結果自分が事件本人の親権者と定められたならば実家は別に狭いわけではなく、また家族も親切にしてくれているけれども、弟(長男)司郎の妻の手前もあり、近くに事件本人を連れて間借りをし、健実な定職に就き、そして働いている時間は事件本人を実家の母に預けたいと述べ、母いく子も、そうなれば従来の日給仕事を全くやめ、相手方が働いている時間は事件本人を預りたいと述べている。いく子は、健康であり、相応の分別あり、意志もしつかりした人柄で、相手方および事件本人との情愛も親密である。相手方は、事件本人の養育に事欠くようなことはないけれども、事件本人のことを思えば、もし自分が親権者と定められるならば、申立人に対して事件本人の養育費を相当額分担してもらいたいと述べている。そして以上に摘記した相手方およびいく子の各供述には特に疑うに足りる点はない。また、申立人は生活能力は十分にあり、事件本人の養育費のうち適当な額を支出する能力を有している。

以上の認定によれば、相手方の家庭の状況や、申立人の養育費分担義務と能力とを考慮に入れての相手方の経済的生活能力から見て、特に事件本人の監護養育を不適当とする事情はない。

この点について、申立人はまず、申立人の実家の方が相手方に比し経済的に豊かであると主張する。なるほど申立人自身は生活力はあり、またその父一男の家業は最近相当の収入があることは認められる。しかし、親権者決定の基準は、父母の経済的能力の差異にのみあるのではなく、父母雙方の養育費分担の義務と能力を考慮に入れ、その他の事情をも併せて総合的に見て、父母のいずれが現実に監護養育するのが子の福祉に適合するかにあるのである。なぜならば、子の養育費を負担する義務は、父であり母であることに基づくものであり、親権者であることに基づくものではないからである。従つて、父の方が経済的能力がすぐれている場合でも、その養育費分担義務と能力とを考慮に入れて、親権者を母に定めることは当然あり得べきことである。

つぎに申立人は、相手方は、その生活能力から考えて早晩再婚するであろうし、その際は事件本人を連れ子とするか他家の養子とするかのほかはないであろうし、いずれにしても事件本人の幸福は望み得ないと主張する。この点について、相手方は、自分は再婚の気持はなく、今後は事件本人の養育に専念したいと述べている。その供述態度は真剣であるが、そしてまた、反対に、事件本人のためにも幸福な再婚ということもあり得ようが、もとより将来のことはわれわれにはわからない。しかし、再婚ということでは、申立人側でも同様であり、申立人は、もし自分が親権者と定められた場合、再婚すれば父一男と継母則子(未入籍)に事件本人の世話を託したいと述べているが、もしそのようになつた場合、事件本人が相手方に養育されるよりも幸福であり得るかは疑わしい。要するに、相手方の再婚を予測して、事件本人の幸福を望み得ないとするのは、一方的であり早計である。

なお第三に、かりに申立人を親権者と定めた場合、申立人は毎日働きに出るから、結局父と継母が事件本人の世話をすることになるが、その場合、多少経済的に豊かであるとしても、相手方と事件本人との母子の情愛にもまして事件本人が幸福であろうと認めることはできない。なお、事件本人は、相手方およびその父母にもまして申立人およびその父母を慕つているとの申立人主張事実も認められない。

以上の次第であるから、この際、相手方を事件本人の親権者と定めるのが相当である。

参与員高田孝雄、同井上喜久、家庭裁判所調査官山田孝一を審判に立ち会わせ、その意見を聴いた上以上の理由により、民法第八一九条第五項に従い、主文のとおり審判する。

(家事審判官 大久保太郎)

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